雑感のページ
    (’10年のこころ)
・息の長い、本物が好きだ
・単なる流行を追い続けるだけでは終わりたくない
・英語で言うとスタンダード?いやトラッド(トラディショナル)に近いか
・日本語では定番となるらしい
・もちろん、もはや流行を追いかけるようなそんな年齢ではない
・飽きたらポイっと捨てるようなことはしたくない
・白物家電のように壊れたからと言って簡単に買い替えたくない
・機能さえ揃っていれば何でもいいという今どきの車にはなじめない
・やっとで、づーっと付き合える車に出会ったのだ
・ま、ただの古くてこだわりの強い親父になったということか

  数年間、よくて3年ほどで姿を消すホームページが多い
  はじめは勢いがある
  格好もいい、センスだってある。見栄えもいい
  詳しい写真入りで整備の事が書いてある
  もちろんお金があるのだろう、よくよく見てみると整備会社やデーラーに頼んでいるらしい
  掲示板もあって、ただ見ているだけで意見を言わない者(ROMとかいうらしい)は存在価値すらない様なことを言う
  2~3日、長くても1月に一度は目新しいことが書いてあって、一生続くような口ぶり?である
  でも、久方ぶりに訪問してみるとノットファウンドとなっていることがある
  検索をかけ、リンク集でも見つけられないのが多い

最近あちこちのホームページの更新がなされない。
  自分のHPも目新しくないので大きなことは言えないがどうもブログやミクシなるもののせいらしい
  時々、ミクシーなるものを拝見するが、あまり好きではない
  さらにいまどきはブチブチ物を言うつぶやきなるものもはやっているらしい
  数十年前のハム(アマチュア無線)が復活したようでさびしい限りだ
  仲間うちだけにしか通じない話題を、隠語や独特の言葉遣いで、話しているらしい
  公共のものである電波やネットをどうしようと言うのだろう
  ただの会話ならケータイでやってくれ
  特にHPは誰でも見ることが出来、情報を共有したり理解できる所によさがあるのではないだろうか

  
確かにこの10年のネットの世界の移り変わりは激しい
技術もスピードも格段に進歩した
HPもどこかに引っ越しただけなのかもしれない
もっとグレードアップし、どこかに存在するのに私が探せないだけなのかもしれない

でも、でもでも
私はホームページやブログは公器であると思っている
引っ越したのなら転居届くらい出したらどうだ
たとえ個人的なことしか書いてなくても、個人の単なる日記ではない
衆人の目に曝されている公器である
少数読者を自慢するコアな雑誌(CCV)を見習いたまえ!
末端の読者である私のところにもチャンと休刊のあいさつが届いたぞ!

たとえ個人の資格で、それも無記名であってもそこには責任が存在すると思う

 ま、そんな事はどーでもいい、自分のことだ

息長く、生きている証としてコンスタントに、、それもステディに
をポリシーとしたい


何の役にもたたないかもしれない
誰も見てなんかいないかもしれない
間違った作業をしているかもしれない

でも、恩返しだと思っている
私のようなド素人が、一応なんとか自分で自分の車をいじれるようになったのはネットのおかげだ
レンジなどという身の程知らずの車をほとんどくるま屋さんの手にかけず10年も維持できているのは奇跡だ

たとえ一人でも覗いてくれるひとがいるなら、それでいいではないか
つたない文章の片隅にある素人の私が自分でやった事実の一つでも参考にしてくれればそれでいい
反面教師になったって、それはそれでいい

 ま、一番は自分自身の記憶がなくなる前に時系列で記録しておいて再度の作業に備える為なのだ

初心忘るべからず
そんな気持ちで続けていこう

雑感
  
  
  私自身はいわゆるラジオ少年ではあったが、CQの世界には入り込めなかった
  機械的な部分だけに興味があって、話に加わる事には意義を感じなかった
  ベリカードをもらえばそれでよかった自分がいた。
  小遣いも殆どなく、秋葉原にはほど遠い山奥に住んでいたので、もっぱらCQ誌からの情報しかなかった
  親戚を回って使わなくなった真空管ラジヲを寄せ集めて作った5球スーパーのラジオが原点である

  酒の力を借りて言うとクドくなるし、年をとると僻みやすくなるものだ。
  「くどくなる 気短になる愚痴になる 思いつくことみな古くなる」などと昔の人は狂言でうたったが、よく言ったものだ。
  気をつけよう!