相棒

 長い間DIYにこだわってきたが、溶接はこれまで何度か挑戦したもののとても難しくて満足のいく出来にはならず半分諦めかけていた。それでもいつかは再挑戦と思って、離れの部屋にエアコンを設置した時に電気工事店に頼んで車庫まで単相200Vのコンセントは引いていた。

 秋のLRM(Land Rover Meeting)に参加した際、大御所に教えて貰った新製品の溶接機。Buddy(相棒)というらしい。調べてみるとセール期間中とのことで年金生活者でも手の届く値段だった。200Vと100Vを自動で切り替えてくれる優れ物の方も同じ値段だったので購入してみた。後で知ったが色違いでカーキ色や迷彩柄も選べたらしい、ちょっと残念なことをした。

 何か試用できる物がないかと探したら40年以上前のオーディオラックでコの字型の鉄の角パイプを見つけた。鉄材屋さんで追加の3㎝角パイプとLアングルetcを購入して切った貼ったで溶接台を作ってみた。ようやく自分でも使えそうな相棒に出会えた。

錫杖岳

 若いころ何度も岩登りに通った錫杖岳。正確には錫杖岳烏帽子岩前衛壁という事で山頂へは行ったことが無かった。

 昔の写真や文章を引っ張り出して思い出を綴るだけのことはしたく無いので、ある程度の実践を踏まえて思い出を語ろうなどと考えたのが甘かった。山頂は遠かった。というか難しかった。ヘロヘロでやっとこさで登って帰ってきた。

最近の岩登りはボルトなどは取り去るのが主流らしいが50年以上前のまま残っていた

 前日まで連日、山小屋の取り壊しや稲刈りの手伝いをして疲れが取れていないと言うのはただの言い訳。原因は運動不足、練習不足経験値の喪失なのだ。関西方面のプロのガイドさんの力を借りて這々の態で降りてきた。バリエーションルートなのでコースタイムの設定はないが通常より2時間ほどは余分にかかっていると思われる。

 今回、一番みてみたかったのは岩小屋。通算でこれまで何泊したのだろう。錫杖の岩登りは基本は日帰りだったのだが土曜発の1泊登山もあった。雨に降られて沈殿していた時、先輩に教えてもらった人工登攀のコツ。50年以上も前のボルトが残っているか興味津々だった。先輩たちが海外遠征している時の合宿や冬季第2登をするときのベースにも使った。思い出の岩小屋なのだ。

増車(?)

 今年の夏の工作。暑過ぎて何もしたくなかったので地下の書斎に籠って作業に勤しんだ。孫の遊び用にと買ってあった1/24のプラモを作ってみたのだがチャチ過ぎるので自分のコレクションにすることにした。涼しくなって地上に出てようやく日の目を見た。

さらば200Tdi

300Tdiレンジがほぼ理想の形で出来上がったので次なる課題は休眠中の純正200Tdiレンジのレストア。

だが、考えてみると自分はまもなく古希、終活を考えなければいけない年齢だ。それに300Tdiでの全国行脚の夢もあるし未知の整備が発生するかも知れない。UAZ顔サンバーやNAロドスタも年老いて行くばかりで益々手がかかるようになるだろう。課題をこなす余裕はないのだ。

Tdiレンジ2台持ち(93年型KA,Aegean,AT:MT,200:300Tdi)の構想は諦めて熱意ある若者に夢を託すことにした。

 10万キロ超を母国で過ごした後、日本で20万キロ余りを走り抜いた200Tdiレンジ。15年ほどを特別豪雪地帯で過ごしてから休眠に入って早や7年。よくよく見るとフレーム後端はさらにサビ落ちてボロボロだ。ドナーのディスコのフレーム後端を自分で切り貼りして強度を保つつもりだったがモチベーションが続かず力尽きたのだ。エキスパートの手によってレストアが完了し、いつの日にか再び一緒に並ぶことができるのだろうか。

さらば200Tdi    また会う日まで

朝霧のまち

秋も深まり公園の落ち葉が我が家に吹き寄せるようになった。

山頂では朝9時頃までは白山や飛越山塊しか見えない

この時期、天気が良いと朝霧(盆地霧)が10時過ぎまで地表を覆っているので家からは空が見えない。20分ほどのドライブで山上の展望台まで。

展望台は貸切状態
タイムラプスなるものに挑戦して40分ほどの時間を30秒に短縮
ようやく霧が腫れ出した
我が家も見え出した
乗鞍や御嶽に加え反対側からは槍穂や笠ヶ岳も

夏休みの工作

ロッカーアームのキャップが外れてタペット音が出たり、パワステポンプのパイプが緩んで重ステになったりしたが、総じてKA(93年型)300Tdiレンジは調子がよい。

世の学生諸君はようやく夏休みに入ったようだが、年金生活者は毎日が夏休みのようなもの。今年は早くから暑かったので夏休みの工作に着手、でも一番大きな作業であるフェイシア周りがまだ残っている。果たして夏休みが終わるまでに完了するか?

3年ぶりにザイル祭(上高地)

コロナ禍を経て久しぶりにザイル祭が開催できた

ウエストン祭とのバッティングが危惧されたが1日ずれていてセーフ(全くスケールが違うが)

海外在住の元カラコルム遠征隊副隊長を迎えての追悼山行

2,263峰や明神Ⅴ峰西南カンテなどのルート開発秘話や苦労話を聞くことができた

ただ数十年の時を経て各ルートの崩壊は激しい

会員それぞれ今でも様々な形で山登りに精を出しているが、現役のクライマーが少ない中、著名山岳ガイドに名を連ねる仲間がいることが嬉しい

最近ではザイルとは言わないそうで英語に統一されているらしい。ましてやラテ(laterne)などという言葉は若い登山者には通じないのだとか

小白木峰〜白木峰

コロナ禍の間隙を縫って山にはまり出した息子が帰ってきた。

富山県側の林道が不通だし、R471が冬季閉鎖になったので登山者は少ないはずと見込んで白木峰を目指して見た。

案の定、駐車場には滋賀ナンバーの車が1台だけで下山中の夫婦と思しき二人組に出会っただけ。途中クマの糞はいっぱいあったが山頂は貸切状態。

ほぼ曇り空だったが山頂にいる時だけ青空が見えた。この時期にしてはラッキーだった。

ようやく復活

 塗装が終わってコーティングが済んだ途端にレンジが不動になった。偶然ディスコの純正リモコンを発見したので復活させようとあちこち触っていたらイモビ(イム:モビライズ)機能が働いてしまいエンジンが掛からなくなってしまったのだ。

 復活までに1ヶ月以上かかってしまい、楽しみにしていたLRミーティングには間に合わなかったが何とか自己解決できた。色々相談をさせて頂いた方に感謝。

スキー場のリフト終点までテスト走行