
木村さんの夢と寝言
「攀」6号以来長い間会報が出ていないけど。せっかくインターネットの時代になったので「攀」の7号を発行したらどう?今更印刷もなんだけど、例えば私の「岩と雪」や「岳人」に投稿した記事をコピーしたのもあるけど提供するよ。どうやってネットに載せるのか知らんけど。誰かやってよ!
と言うことで載せてみました。これで「攀」第7号の半分くらいになるかしら

大キレット南岳側沢捜索のこと
今は昔、20世紀の終わりの頃の話。プロポーズが済んで諸々忙しくなる年の事。前年の大晦日に遭難があって、その捜索に参加した時のお話。
不謹慎で顰蹙を買うかもしれないが、遭難者の方の組織は大きな組織だったので捜索の都度、温泉付きの宿を手配してもらったり白出沢まで車で入れたりした。テントや青天しか経験がなかった者にとって登山としては非常に快適だった。ご遺体の乗ったソリで雌滝を降ろしたが、写真を撮らなかったのが残念なくらい壮観だった。百メートル余りを中空状態でソリをゆっくりと降ろしたのであった。
雌滝を高巻きする時、空を見上げる様な藪漕ぎの中で滝を見下ろす位置にちょっとしたテラスがあった。そこには2センチほどで楕円形の緑色の球体がバケツ2杯分ほども山に積っていた。カモシカの見張り台(立場)だろうか、ポトポトとウンチをしながら滅多に見る事のない人間が近付いて来るの見張っていたようだ。何故か妙に記憶に残っている。
滝谷出会までご遺体を降ろして来ると、これまで一度も来た事がない関係者と称する方々が大勢いて搬送は楽だった。船頭多くして船 山に登るとはまさにこの事かという感じであった。
発見時の状態等はご遺族のことを考慮して部外秘としよう。
今回捜索でキレットの南岳側の沢を上から下まで繋ぎながらではあるが全部踏査したのは私だけ。ま、途中の大きな滝だけは繋いでいないが。
事のあらましは次のとおり
・大晦日に穂高にあるキレットの南岳側付近を墜落したのを目撃した人がいるらしい
・単独行で写真撮影に来ていて落ちたとの事
・私の元の職場の建物に同居している組織の方らしい
・元の職場には山岳会があるのだが我々の手も借りたいとの事
・同居している組織の方は全力をあげて応援するので捜索を頼みたいらしい
と言うことで我が会は社会人山岳会なので一応(若干)関係者である私が捜索の中心になることになってしまった。元の職場の山岳会は人数はいるが雪や岩場は若干苦手のようで、雪の無い尾根からの観察や滝谷合流点から下部・出会いまで、フィックスロープ張り、報告書作成など後方支援が多かった。
・3月には涸沢岳西尾根経由で遭難現場の観察。積雪期継続中の感じ。
・5月には春山合宿として南岳西陵からピナクル下部に至り獅子頭とその下部を見分。
尾根経由で墜落現場と思しき場所を観察。まだまだ積雪有り。
・6月には5月と同じく下降したが残雪多く遺留品(ピッケル、帽子)を発見のみ
・8月にも上部から6月のさらに下部を捜索するも遺留品のみ(ザックetc)、残雪が多く万年雪が有るかも知れず不安
・9月の敬老の日連休に下部から遡行。残雪の中に崩土と共に埋まっているのを発見。スキー場で使うスノーボートに乗せて降ろす事とし、一人を連絡に走らせ、手配を依頼。


