さらば200Tdi

300Tdiレンジがほぼ理想の形で出来上がったので次なる課題は休眠中の純正200Tdiレンジのレストア。

だが、考えてみると自分はまもなく古希、終活を考えなければいけない年齢だ。それに300Tdiでの全国行脚の夢もあるし未知の整備が発生するかも知れない。UAZ顔サンバーやNAロドスタも年老いて行くばかりで益々手がかかるようになるだろう。課題をこなす余裕はないのだ。

Tdiレンジ2台持ち(93年型KA,Aegean,AT:MT,200:300Tdi)の構想は諦めて熱意ある若者に夢を託すことにした。

 10万キロ超を母国で過ごした後、日本で20万キロ余りを走り抜いた200Tdiレンジ。15年ほどを特別豪雪地帯で過ごしてから休眠に入って早や7年。よくよく見るとフレーム後端はさらにサビ落ちてボロボロだ。ドナーのディスコのフレーム後端を自分で切り貼りして強度を保つつもりだったがモチベーションが続かず力尽きたのだ。エキスパートの手によってレストアが完了し、いつの日にか再び一緒に並ぶことができるのだろうか。

さらば200Tdi    また会う日まで

夏休みの工作

ロッカーアームのキャップが外れてタペット音が出たり、パワステポンプのパイプが緩んで重ステになったりしたが、総じてKA(93年型)300Tdiレンジは調子がよい。

世の学生諸君はようやく夏休みに入ったようだが、年金生活者は毎日が夏休みのようなもの。今年は早くから暑かったので夏休みの工作に着手、でも一番大きな作業であるフェイシア周りがまだ残っている。果たして夏休みが終わるまでに完了するか?

3年ぶりにザイル祭(上高地)

コロナ禍を経て久しぶりにザイル祭が開催できた

ウエストン祭とのバッティングが危惧されたが1日ずれていてセーフ(全くスケールが違うが)

海外在住の元カラコルム遠征隊副隊長を迎えての追悼山行

2,263峰や明神Ⅴ峰西南カンテなどのルート開発秘話や苦労話を聞くことができた

ただ数十年の時を経て各ルートの崩壊は激しい

会員それぞれ今でも様々な形で山登りに精を出しているが、現役のクライマーが少ない中、著名山岳ガイドに名を連ねる仲間がいることが嬉しい

最近ではザイルとは言わないそうで英語に統一されているらしい。ましてやラテ(laterne)などという言葉は若い登山者には通じないのだとか

小白木峰〜白木峰

コロナ禍の間隙を縫って山にはまり出した息子が帰ってきた。

富山県側の林道が不通だし、R471が冬季閉鎖になったので登山者は少ないはずと見込んで白木峰を目指して見た。

案の定、駐車場には滋賀ナンバーの車が1台だけで下山中の夫婦と思しき二人組に出会っただけ。途中クマの糞はいっぱいあったが山頂は貸切状態。

ほぼ曇り空だったが山頂にいる時だけ青空が見えた。この時期にしてはラッキーだった。

ようやく復活

 塗装が終わってコーティングが済んだ途端にレンジが不動になった。偶然ディスコの純正リモコンを発見したので復活させようとあちこち触っていたらイモビ(イム:モビライズ)機能が働いてしまいエンジンが掛からなくなってしまったのだ。

 復活までに1ヶ月以上かかってしまい、楽しみにしていたLRミーティングには間に合わなかったが何とか自己解決できた。色々相談をさせて頂いた方に感謝。

スキー場のリフト終点までテスト走行

丸目のサンバー

 5年前に思いがけずタダで入手できたサンバーTT2。RR(Rear engine Rear drive)のスバル製ポルシェ。我が家の車の中で一番燃費がいいので手元に来てから2万キロ走った。ある時よくみて見たら結構サビが出ている。丸目に拘ってかつては純正のサンバークラシックのトラックが欲しかったのだが、臨時収入があったので丸目にするキットを購入して付けてみた。

 

KA(93年型)レンジに300Tdiを!

ジーゼルレンジ(クラシック)に拘ってようやくエンジンが載った。

95年型(MA)には純正で300Tdiエンジンが載っているけれど、前期型(〜93)で300Tdiエンジンのレンジローバーは存在しない。

思いがけずEDC(Electronic Diesel Control)エンジンのディスコが入手できたのでオリジナルでワンオフのレンジローバーに挑戦してみた。バックヤードビルダーなるものを真似て、ようやく目処が立った(2年近くかかったけど)。

300Tdiエンジンはドライブバイワイヤーとかで飛行機並みのシステムと謳っているそうだが30年近く前の設計思想は現代では機能するだろうか。